空太のそら言

隠れオタクのぐうたら

そこは確かに戦場であった

いや、戦場と言うにはあまりに凄惨な現場に、それまでの男たちの勢いはかき消えた。じゃり、と二の足を踏む音が狭い空間にこだまする。
これ以上は無理だ。誰もがそう思ったに違いない。
「そ……んな」
呼吸と間違えそうな呻き声を出したのは、最年少の高山だ。無理もない。彼にとっては初めての実戦だった。
「おい、何て顔してんだ」
俺は高山の顔を見上げて笑う。視界の端で、副隊長の荒井が苦虫を噛み潰すような顔をしたのが見えた。
しかしこの洞窟の中は随分臭い。きっと奥で獣でも死んでいるんだろう。
「隊長、隊長」
もはや夜明けの空より青白い頬をした高山が、俺に覆い被さり両肩を掴んだ。焦点の定まらない目からは、今にも涙がこぼれ落ちてきそうだ。やめてくれ、野郎の涙なんか誰が見たいか。
「し、止血を……」
「高山」
「っ、離してください」
「もう無理だ」
動揺する彼を低い声で制止したのは、衛生兵の宮本だ。ゆっくりとかぶりを振って、高山の横に膝をつき、俺の首筋に指を当てる。
「俺は、もう駄目、か」
胃から鉄臭いものがこみ上げてきて、途中から声も出せなくなってしまった。これは本当に無理らしい。
宮本は、首に巻いていたスカーフを取ると、そっと俺の頬を拭った。横では高山が嗚咽を漏らしながら自分の太股を叩いているらしく、乾いた音が洞窟に響く。
「いいんだ、高山」
「たいちょ…」
ゆっくり左手を上げると、戸惑いながら高山がその手を両手で掴んだ。ばかやろう、そんなに震えてどうする。ここは戦場だぞ。指に力を入れようとするが、何かがぬるついて上手くこいつの手を握ってやれない。息をつこうにも上手く空気が肺に入ってこないんだ。
しょうがない。俺はどうやらこれまでらしい。
「高山、宮本、荒井、あと矢代も居るな」
「はい」
寡黙な矢代の代わりに返事をしたのは荒井だった。知っている、矢代はどうせこんな状況でも、ぐっと歯を食いしばってそこに立ってるんだ。全てを忘れないように、しっかり目を開いて。
いつの間にか俺の隊はこんな人数になっちまった。悪かったな、俺についてきたばっかりに。
「お前たちに伝えなければならないことがある」
口の中にたまった血を顔を背けて吐き出し、俺は続けた。
「全てのものに、終わりと始まりが、ある。この戦いも、いつか、終わる。終える」
勝手に終わるのではない。終わらせるのは、俺たちだ。握ったままの高山の手が、ひときわ力強く握り返してきた。
「必ず終える。信じろ……」
「隊長」
いつもより早口で、荒井は答えた。
「故郷に帰ったら、母ちゃんの味噌汁、飲めよ」
「隊長」
「荒井んとこ、坊主、もう生まれた、な」
「隊長!」
きん、と洞窟内に荒井の声が響き渡った。
霞む目で見上げると、炎でも渦巻いているのかという眼で俺を睨みつけている。
「何勝手に諦めてるんですか」
いつにも増して緊張した声だった。荒井は息つく間も無く捲し立てる。
「いつも最後まで諦めるなって言ってたのはどこの誰ですか。私の坊主を一番に見たがってたのはどの迷惑おやじですか。隊のみんなで子供たちと草野球やろうって言ってたのはどこの馬鹿野郎ですか」
ふっ、と息継ぎ。
「大体『ちょっと小水』なんて夜更けに気軽に出てって、何勝手に敵をおびき寄せてるんですか。一人で囮になるってどういうことですか。そんな作戦聞いてないし命令もされてません」
バレたか。これだから頭がいい奴は扱いにくいんだ。
「それで見つけたら何一人で死にかけてるんですか。馬鹿ですか阿呆ですか」
「おま……」
それはさすがに言いすぎだ、と口を挟もうにも、荒井の勢いは止まらない。
「確かにあんたのお陰で私たち助かりましたけど、それで戦争終わる訳じゃないんですよ」
「俺たちが終わらせる……」
それまで黙っていた矢代がここで口を開いた。
「矢代、おまえ……しゃべ……」
「ちょっと黙っててください!」
もはやヒステリックになってしまった副隊長を止められる人間は、ここには誰もいない。
「俺たちが終わらせるんです。あんたがさっき言った通りに。なのに何勝手に死のうとしてるんですか。あんたを信じてここまで付いてきた私たちを置いてどこに行こうって言うんですか。そんなの私が許しません」
神が許しても許しません。語尾は震えて聞き取れなかった。1年分の言葉を使いきってしまったかのように深い息を吐いてから、荒井はキッと顔を上げて宮本を睨みつけた。
「宮本、衛生兵の分際で諦めるな。何としてでも本隊と合流する」
「荒井副長、でも」
俺の横で言い淀んだ宮本の背中に、荒井の膝蹴りが入る。さすがに一同ぎょっとして硬直した。俺だって固まった。普段拳など上げもしない冷静な男が、足を上げただと?
「負傷者を軍医まで生きて連れ帰るのが衛生兵だろうが。自分の本分忘れるな。いいか、他の者も!」
たった5人しかいない洞窟だが、まるでその10倍は目の前にいるかのように、荒井は声を張り上げた。
「見ての通り隊長は負傷し正気を失っている。これから本隊と合流するまでは、副隊長である私が陣頭指揮を執る」
「副隊長、では」
高山の声に芯が入る。荒井はじっと高山を見、それから俺を一瞥すると、大きく頷いた。高山の手に一層の力がこもる。
「これより隊の目標を変更する。全員、本隊へ生還する。全員だ」
「はい!」
高山、宮本、矢代の野太い声が響きわたる。
なんてこった。俺はつくづくついてない。どうやらこいつら全員、俺を諦めてくれないらしい。
俺の頭のすぐ横でしゃがみ込んだ臨時隊長が、口元を弛ませ覗き込みながらこう命令した。
「一人で楽なんてさせません。一緒に生きていただきます」
全く、とんだ部下をもったもんだ。一生かけて恨んでやる。




                • -

あれ、違うの。こんなはずじゃないんだ…。物語を書きたかったわけでは…。
今日は水場の掃除をまず終えて、その戦いの一部始終を書き留めようとしたんだけど、「導入部はちょっと物語風でー」なんて思ってたら、あれいつの間のこんな風に。
えーと。なんかすみません。
途中から指が勝手に動いておさまりつかなくなってしまった。見切り発車ってこあい。
えと、えーとですね、掃除は何とか第一ラウンドを終えました。まだ汚いけどな!まずはちゃんとご飯が食べられるようになった。(この報告を書くまでにどれほどの遠回りをしたか)