老人と海
まさにタイトル通り老人と海。
人生に二度読む本で紹介されていたので、1度目を読みました。
途中まで少年が一緒に船に乗っていると思っていたので、「ものすごい少年を無視し続けてるけどいいんかい」と心配になりました。少年は陸の上でした。
何度も、あの子がここにいたらなあと呟くのが印象的。それは若さへの渇望であったり孤独の否定であって、年老いてもまだ強い老人の弱さにも思える。でも、あの子がここにいない事が分かった上で、それを自分で望んでいるくせに呟いてるんだから、結局ただの暇つぶしなんだな。或いは自分が人間であることの確認か。
老人が魚をまるごと持って帰れなかったことに人生を重ねるつもりは無いけれど、帰ってきた時に少年が待っていてくれて良かったよね。そこがこの物語の救いよね。
現代サスペンスなら、老人が帰ってきたら村は廃墟になっててもおかしくないもの。
あと、魚と戦ってる時のうだうだしてる感じが、自分と一緒で面白かった。ああ、時代とか人種とか関係なく、うだうだ考えるもんなんだなと。
巨大魚と戦うさまは臨場感溢れて一気に読みました。
…そんなかんじです。
えこれ、2回目は深くなるのかしら…。
と、もう一つ感じたことを思い出した。
この物語って、すごい舞台向きなんですよ。
しかもほぼ独り舞台でできる。
海や魚は音と光で何とか出来る。老人が、全貌が見えない何かと戦っている様が、もうとっても舞台向き。伝わるかなー。
そう思うと、結局壮大に見えて、老人のそばで起きたことを丁寧に書いてる、ミクロな話なんですよね。徹底して老人からしか見えないものに絞ったところがストイック。