空太のそら言

隠れオタクのぐうたら

地下水道

字数オーバーひどすぎて酸化、もとい参加出来ず。途中から楽しくなりすぎました。
このままではまさに不完全燃焼なので、せめて自分家で披露してみる。
素敵な質問ありがとうございました。

http://q.hatena.ne.jp/1229134597





「なぁ、おまえ将来何になりたかった?」
「何だよいきなり」
 向かいのベッドで雑誌を読んでいたシロウが聞いてきた。目を向けると、んーっと伸びをしてから寝返りを打ち、俺を興味深げに見ている。
ここは摩天楼トウキョウの地下300メートル、音もなく流れる水に満ちたトンネルの中。に浮かぶカプセルの一室。俺たちは、お上からの特別任務である、市民の飲み水を運ぶこのトンネルの点検作業に従事する雇われ者だ。
不気味なぐらい深く、暗く、静かな空間に籠もってからもうすぐ1ヶ月になる。体力を使う仕事なので、その分しっかり休養が与えられるのだが、1ヶ月も閉塞空間にいるといい加減やることもなくなってくる。
向かいのベッドでこっちを見てくる相方(バディ)も、同じ心境なんだろう。
「シロウもうその雑誌読んじまったのか」
「いや、読む気がしなくなった。頭が働かねぇ」
あぁそれは同感。単調な生活は人を退化させる。
「だからって何だその唐突な質問は」
「いやーせっかく知り合った相方ですし、任務終わる前に知っておこうかなと思いまして」
たまたま相方になったシロウの発言に俺は、不覚にも卒業式前日のような淋しさを覚えた。…話に付き合ってやるか。
「人に聞く前に、まず自分の意見を聞かせて貰おうか」
「俺?俺は宇宙飛行士になりたかった」
「ステレオタイプな幼少期だな」
「じゃアツはどうなんだよ」
あ、ちなみに俺の名前はアツシ。シロウからの切り返しに、俺は小さく「サッカー選手」と呟いた。
シロウはだはっと笑って、一言。
「人のこと言えなくね?」
同感。


最後の潜水任務の中、俺は何故サッカー選手になりたかったのかを思いだそうとしていた。何しろ任務自体は単調なのだ。水漏れ箇所を見つけてマーキングするだけ。修繕は次に一ヶ月潜る奴らの仕事だ。任務説明会によると、まぁ老朽化が酷くて貴重な水がダダ漏れしてるらしい。今のところダダ漏れるような大穴無いけど。
俺は斜め前で泳ぐシロウに無線で話しかけた。
「なぁシロウ?」
「何だ?もうトイレか?」
「いや、お前何で宇宙飛行士になりたかったの?」
ぴた、と相方の手足が止まり、底を照らしていたライトを俺の顔に向けてきた。まぶしいっつの。
ふーん、と唸って、シロウは腕組みのような体制をとった。スーツが邪魔で腕は組めない。一拍おいてから、さらっと答えてきた。
「ワクワクしたかったんじゃね?」
「あぁ、なるほど」
「ま、大人になると宇宙どころか、誰も見てないこんな洞窟でモグラみたいな事してんだけどな」
退屈そうな声で言う。そうだな、大人になるってく心躍ることがなくなる事なのかもな。俺たちが今いるのは特殊な状況だが、やってることは特殊でもない。
ヤレヤレといった体で単調作業に戻る相方の姿に、俺はぴんと閃いた。
「でも、今着てるの宇宙服みたいじゃん。近い近い」
「服は似ててもやってることが違うわ!」
その時、イヤホンからオペレーターの怒鳴り声が聞こえてきた。やばい、ちょっとふざけすぎたか?俺とシロウは目を合わせて肩をすくめた。
しかし、オペレーターは必死で何かを叫んでいる。様子がおかしい。
『…た、き…たっ……』
「ハロー?音声が乱れてます。もう一度願います」
シロウが聞き返す。俺も意識を集中させた。
『待避せ…、川上から…流れて…、緊急待避せよ!』
全身を電流が走り回った。一気に心拍が暴れる。何だって?
「川上から何か流れてくるとか言った?」
二人で川上の暗闇を照らす。見えるはずもない。広大に広がった闇なのだ、小さなライトでどうにかなる規模じゃない。
「ちょーっといやな予感するな。戻るぞ」
「ラジャ」
俺は短く答えると、腹にくくられたロープを引いてカプセルに戻ろうとした。
その時、地響きのような轟音が俺たちの体を揺らした。
「何だ今の!」
シロウは咄嗟に俺のベルトをつかんだ。水の流れが変わるのがわかる。二度目の音。さっきより近い。
「何かが壁にぶつかって流れてきてる」
自分で呟いたその言葉に、冗談じゃなく心臓が凍った。そんなのに巻き込まれたら、俺たちはひとたまりもない。言ってる間にも不規則に近付いてくる音、音。乱れる水流。俺はトンネルの壁面にあるパイプに腕を絡めた。小石や枝が次々と流されていく。掴まる壁づたいに振動が伝わってきて。
「きた」
シロウの呟き、一瞬の静寂の後、俺たちの目の前には銀色の体躯を捻りながら迫る巨大な箱が現れた。トンネルの天面にぶつかり、衝撃で体中の細胞が振動する。それがコンテナだと気付いたときには、そいつがぶつかった反動で底の堆積物に潜り込んでいた。舞い上がる砂塵
コンテナはそのまま底を削り、何かにぶつかって垂直に立ち上がった。
視界をふさぐ光る砂塵の中、俺は、確かに見た。
コンテナにぶつかられた何かが流される。スローモーション。何かが無くなったところには、ぽっかりと穴が空いていた。漆黒の穴だ。光まで吸い込みそうな。水の流れが穴に集中する。俺たちの体も穴に引っ張られる。その穴に、銀色のコンテナが衝突。した瞬間に飲み込まれた。吸い込まれた。吸い込まれた?シロウがなにか叫ぶ。コンテナが視界から消え、俺の耳には何故か甲高いホイッスルの音が聞こえた。



それからの事は記憶にない。
目が覚めて最初に見たのは天井。清潔な白に囲まれた病室だった。隣のベッドにはシロウがいて、寝ころびながら雑誌を読んでいた。意識が戻った俺に気付いたシロウは、ニヤリと笑ってナースコールを呼んだのだった。

わんわん泣く家族や友達、生きてて良かったと見舞いにくるお役人、数え切れないマイクとフラッシュの嵐を浴びきった頃、ようやく俺は大事故に巻き込まれたのを知った。上流で未曽有の豪雨、トラック事故、金属部品の劣化による崩壊などなど、最悪のカードが並んだ状況で奇跡の生還を果たしたことも。

「その時の心境は?とか聞かれても言葉にできねーっての」
命に別状が無い程の怪我が治りかけのシロウは、そう言って青空に向かって伸びをした。俺も、気持ちと現実の整理をするのにもう少し時間がかかりそうだ。
返事の代わりに、今日家族から聞いた映画化について彼の意見を尋ねてみた。
「シロウとアツシの大冒険ってか?無理無理、あんなの映像にできねーよ」
「だよな、あんな、」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
そよりと風が吹き、鳥がさえずる。よく知った日常すぎて感覚がずれる。
俺は、言葉を換えて聞いてみた。
「記者にさ、あなたが見たものは何だったと思いますかー、って聞かれたら、何て応える?」
シロウはニヤリと笑って言う。
「人に聞く前に、まずアツの意見を聞かせて貰おうか」
「真似するなよ」
二人して悪ガキみたいに笑った後、同時に応える。
「ブラックホール!」
「ゴールシュート」





コンテナは未だに見つかっていない。
大人も、案外ワクワクするもんだ。