空太のそら言

隠れオタクのぐうたら

ようこそ、わが家へ

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)

ほとんど一気に読み切った。帯を見てサスペンスホラーかと思っていて、怖いのやだな気が進まないなととろとろ読み始めたんだけど(じゃあなぜ買った)、さすが池井戸潤、適度な恐怖を持たせながら一気に読ませてくれた。
うーん、しかしこの著者、ますます凄みが出てきた。ついに登場人物の人生の厚みまで出してきた。
何がいいって、人物の個性が見えてくるところである。今作は匿名社会の闇を描いてるせいもあって、余計にキャラが引き立っている。
面白いと思ったポイントは幾つかあるが、かいつまんであげるとするとこんな感じ。

名無しさんから名前が出た時の安堵感
名前が出てその人の人生が分かった時の安堵感を行間から感じる。この記述はうまい。


やっぱりプロットが骨太
一人の自称冴えないサラリーマンの、公私にまつわる謎解きがからまって、飽きさせない作りになっているのが心地よい。


主人公の成長
この人小説の主人公にしては勇敢でないし特技があるわけでもないし、人望もそんなに高くない。でも、物語が進むに連れ、ストレスと戦いながらも真実を暴こうとする姿が見られるようになる。現実社会でも、みんなそうだと思うんだよね。立場が人を作る。


小市民の正義が心地よい
やんなきゃよかった、首突っ込まなきゃよかったと言外に滲ませながら、でもやっぱり自分の中の正義を譲れなくて葛藤する様や、結論が出た後の相手の赦し方が大変気持ちいい。いい意味で、大人の妥協を感じる。

しかし、これ池井戸潤の人の優しさが出てるよなあ。冒頭の子猫がポストに入れられてるエピソードなんて、宮部みゆきだったら間違いなく首だけが転がってきてたよ。人間を陰湿にしきれないところに、池井戸の愛を感じる。人間を信じたい気持ちを感じる。


この前読んだ海賊とよばれた男と対比的な物語だったと思う。いいタイミングで読んだ。やっぱり本が呼ぶんだな。
海賊とよばれた男の国岡は、自分の正義を堂々と振りかざし、周りの人間を思いっきり引っ張って世の中を変えて行った。多分、戦中戦後の混乱期にはそういう分かりやすいリーダーが必要だったのだろう。痛いほどの愛国心はしかし、時として衝突を呼んだ。作中では描かれていなかったが、国岡商店が通った後はぺんぺん草も生えないという言葉からは、他の商店を踏み台にした反映を想像させる。私も小売業に勤める人間なので、商売の無慈悲さは分かるし、それが競争だから敗者が出るのはしょうがないと思っている。しかし、海賊と呼ばれた男の中ではそれがあまりに美化されすぎていると思う。
一方、ようこそ我が家への主人公倉田はカリスマも狂気になるような愛国心もない。大きいことしてるわけじゃないけど、でも何と無く自分の中の正義に反するのは「気持ち悪い」と思っている。そのありふれた小市民ぶりに非常に共感する。
戦争を知らない世代としては、平たく言えば国岡はすごいなあで終わり。自分に関係のない物語。
本作主人公の控えめな物語に平成の正義感を見た。