空太のそら言

隠れオタクのぐうたら

続「超」整理法・時間編


この内容なら索引イラネ。
いやー間違った、選択間違った。うん、私が悪かった。今度からはちゃんと、初版の日付を確認することにする。あと、ちゃんと目次を読んでから買うことにする。
良い勉強になった。本を選ぶって事は、作者と私のガチバトルだからね。もっと真剣にならなきゃ。


え?肝心の内容?
例えて言えば、非常に細い橋の上に立派な建物を建てて、「どうだすごいだろ!」って言ってるようなイメージ。本人足下が覚束ないって知らないの。
もっとね…こうね…HOW TO本だと思ったんだ。違ってた。著者のマスタベーション見せられただけだった。
うん、ごめん私が悪いんだ。読むのが遅すぎたって事だね。



追記
私はどうも、頭にあることの色々を全部文字化するのが苦手らしい。練習のためにも、もう少し具体的に、どうダメだったのかを纏めてみたい。携帯の限界は感じながらも。

そのいち「口頭→文書の変遷は成功したか」
この本が出た、今から15年ほど前は、どうやらFAXがオフィスの中で台頭しつつあり、携帯はまだ主役ではなく、公衆電話に行列が出来ていたようだ。
15年前。私はそのとき中学生。そりゃ時代のギャップも感じるわ。確か、PHSが若者の中で少しずつ浸透している段階で、ポケベル隆盛期前夜ぐらいだな。
どうしても、筆者の言う口頭→文書化に違和感を覚える。確かに便利になっただろう。簡単に情報共有が出来、複製も短時間で可能。だがその分、人間関係は薄くなった。顔が見えない一方通行のやりとりが増え、仲間意識やチームワークなども組みにくい。
結局人対人なのだから、そこのコミュニケーションを簡略化することは出来ないのではないかというのが、今の私の仮説だ。


そのに「口頭と文章のバランスがとれない人が問題なのでは?」
喋らずに仕事はできない。(声帯の障害とかで声がでない方をどうこう言うつもりではない)
必ず、どこかで自分の意志を相手に伝える必要が出てくる。例えば人事考課はどうだ。勿論事前に紙ベースに用件をまとめてくるが、本当に言いたいことは文章には出来ない。だいたいが、文章を書くというのは実は喋るの以上に気を使い頭を使う。簡単な文章でもそれは変わらない。てゆか、簡単に書けるものなら口頭の方がずっと労力が少ない。
心理の機微を表すことも出来ず、簡単なものでは意味がない文章化。じゃあいつ使うの?
いや、真っ向から否定はしない。私は、文章と口頭の使い分けのバランスを、失敗を通じて身につけてきたから大体分かる(だからこの本を読んだのが無駄だと感じる)。しかし、バランス感覚がない人には、どうやってそれを教えるのか。ハウツー本ならそこまで具体的に踏み込んで欲しかった。例えば、自分はこういう情報は文章化してもらう、とか。指標を。

そのさん「そもそも日頃自分がやってることだった」
それこそ自分で工夫しながら導き出してきたやり方と被っていた。知らない何かは教えてくれなかった。そこに対しては、じぶんが目次をちゃんと読まなかったのがいけない。


結局、時間管理なんてものは、誰かから教えられるものではない。自分で管理できるようになって初めて、その時間はあなたのものになる。と思った。



うーんやっぱ携帯での編集には限界があるわ。画面表示が小さくて前後関係がつかめないことと、文字入力が思考に追いつかないこと。
ちなみに手書きよりタイピングの方が早いです。思考のスピードに追いつける表現方法は、絵を書くかノリノリの時のタイピングしかないなあ今のところ。